癌の告知を受けて冷静でいられる人はまずいませんが、時間と共に冷静に受け止められるようになり、これから受けるべき治療について把握した後、次に問題となるのが仕事のことではないでしょうか。生活していくためにはやはり仕事は必要ですし、社会との関わりを持ち続けることは精神的な支えや生きがいにもなる大切な要素です。治療後も人生は続くことも考えれば、癌告知を受けてパニックになり、慌てて仕事を辞めてしまうことはおすすめできません。
ではどのように癌と仕事、2つのバランスをとっていくことができるのでしょうか。
まず最初に覚えておきたいのは、会社側が癌を理由に解雇できないケースもあるということ。癌であることを報告したところ解雇されてしまったというケースは少なくありませんが、場合によっては不当解雇となり解雇の撤回を求めたり慰謝料や退職金を請求したりできる可能性があります。
まず会社が癌を理由に従業員を解雇できるケースとしては、従業員が癌による症状のために業務を行うことができない場合が挙げられます。
極端な例えで言えば、工事現場で働いている人が、癌により極端に体力が落ちて業務を遂行できない、業務に耐えられないなら会社は解雇を言い渡すことができるということです。とは言え、その場合には就業規則に解雇事由に「身体の障害により業務に耐えられない場合」などといった内容が記されていなければならず、かつ解雇日の30日以上前から解雇予告をしていなければなりません。
(解雇の予告)第二十条
使用者は、労働者を解雇しようとする場合においては、少くとも三十日前にその予告をしなければならない。三十日前に予告をしない使用者は、三十日分以上の平均賃金を支払わなければならない。但し、天災事変その他やむを得ない事由のために事業の継続が不可能となった場合又は労働者の責に帰すべき事由に基いて解雇する場合においては、この限りでない。
引用:労働基準法第20条
https://elaws.e-gov.go.jp/document?lawid=322AC0000000049
一方、癌になったとしても業務を行えるのであれば、大抵の場合、解雇は認められません。あるいは癌の発症と職場、あるいはその業務に関係がある場合も、労働基準法によりその治療期間とその後の30日間は解雇できない決まりになっています。ただし療養期間が3年以上になる場合には、会社が打切補償を支払って解雇することが認められています。
(解雇制限)
使用者は、労働者が業務上負傷し、又は疾病にかかり療養のために休業する期間及びその後三十日間並びに産前産後の女性が第六十五条の規定によつて休業する期間及びその後三十日間は、解雇してはならない。ただし、使用者が、第八十一条の規定によつて打切補償を支払う場合又は天災事変その他やむを得ない事由のために事業の継続が不可能となつた場合においては、この限りでない。
引用:労働基準法19条1項
https://elaws.e-gov.go.jp/document?lawid=322AC0000000049
がん治療中は就業不可能、あるいは可能でも治療に集中するために一時的に長期休暇を取りたい場合には、休職という形を取ることができる場合もあります。ただし休職制度は労働基準法で定められたものではないため、休職制度自体がない会社もありますし、あってもその期間や期間満了後どのような扱いになるのかは各会社がそれぞれに就業規則を設けているため、まずは就業規則を確認する必要があるでしょう。
一般的には、就業年数が長いほどもらえる休職期間も長くなり、また期間に関しては半年間を上限として主治医が必要と判断する期間を休職期間と認めているところが多いようです。ただ癌治療の場合、半年では復職に至らないことも多く、休職期間が満了して自動退職という形になってしまうケースも珍しくありません。
それで休職を望む場合、まずは主治医に作成してもらった診断書を提出し、人事部や総務部、直属の上司とともに就業規則を確かめながらどれくらい休職扱いにしてもらえるのかを相談しましょう。また一般的に休職中の給与は支払われませんが、有給休暇を利用できるかどうか、他の制度を利用できないかどうか?なども相談してみることができます。
業務上、癌治療を受けながら仕事を続けられると判断する人もいるかもしれません。できるだけいつも通りの生活を送りたいと考える人も多く、実際にそれは闘病生活のQOLの向上にもつながります。とは言え、癌治療と仕事を両立するためには、それを受け止めることのできる職場の制度や環境が必要になります。
残念ながら今のところ、癌治療を受けている人が仕事を続けるための明確な支援制度はありません。しかし従業員が癌を発症し仕事との両立を望むケースは増えているため、それを支援しようという国や自治体の動きもみられるようになりました。例えば平成28年に厚生労働省が策定した「事業場における治療と職業生活の両立支援のためのガイドライン」によると、癌を含め重い疾患にかかった従業員が仕事との両立について相談できる窓口を社内に設置すること、休職制度の他に短時間勤務や在宅勤務制度を設けることなどが提案され、その具体的な方法についても説明しています。また自治体によってはこのような提案を実践している企業に対し助成金を支給しているところもあります。
そのような職場体制を整えている会社であれば、癌治療を行いながら仕事を続けていくことも難しくないでしょう。もし現在の職場に癌患者の仕事を支援する制度が設けられていないなら、これらのガイドラインや助成金のことを職場に伝えて導入を検討してもらうようお願いできるかもしれません。
幸いにも仕事を続けられることになったのなら、働きやすい職場環境になるよう患者自身にも努力が求められます。まず最初にすべきことは、治療スケジュールを理解しておくこと。通院の頻度や時間、治療による副作用の可能性やその期間、対処法などについて医師にしっかり説明してもらい、自分がどんな業務ならできるかどんな業務はできないか、またどの程度会社を休むことになるのか、遅刻・早退する必要があるのかなどを度予測しておきましょう。
次にすべきことは、職場に自分の状況や治療スケジュールを説明することです。自分が癌治療中であることを職場のすべての人に伝える必要はありませんが、自分の業務と直接関係のある人たち、とくに直属の上司には伝えておく必要があるでしょう。
その際伝えるべきは、どのように仕事を続けていくつもりなのか、そのためにはどんな配慮が必要か、ということ。例えば「〇〇はできなくなりますが、△△はできるので頑張らせてください」「〇曜日はお休みをいただかなくてはなりませんが、他の日は大丈夫です」など具体的かつ積極的な提案を伝えることができるでしょう。
就業規則の中に癌患者を支援する具体的な規則がなくても、できる範囲で業務を対応し、少しでも貢献したいという思いが伝われば、職場も患者を応援したい、サポートしたいとう気持ちになるはずです。
がん治療の期間を休職扱いとし治療後ある程度回復すれば復職を認めてくれる職場もあります。そのような場合、治療後すぐにでも復職したいと思う人が少なくはないのですが、多くの場合、癌治療後の復職は早くても1ヶ月後、その1ヶ月の間に自分の体の変化やどの程度働けるのかを確認する準備期間が必要です。治療後に再発防止として抗がん剤の投与を続けている人の場合、その副作用を把握するためにも時間が必要でしょう。
そういった準備期間を経て働けそうであれば、復職できるかどうかを主治医に相談することができます。主治医から問題なしと言われたなら、職場の上司や人事部の担当者に復帰したい旨を伝えましょう。その際には、業務を遂行するにあたって気を付けるべきことや制限する必要のあること、通院のために休んだり遅刻・早退したりせざるを得ない日やその頻度も伝えてよく話し合ってください。
いずれ復職することを考えているなら、休職中もメールや電話などで定期的に職場とのコミュニケーションをとるようにしておくことをおすすめします。そうすれば、復職したい場合もその旨を伝えやすくなるでしょう。
復職手続きは職場によって異なりますが、多くの場合、主治医の診断書と「復職申出書」を提出し承認してもらう必要があります。職場によっては産業医や上司を交えて面談したり、通院期間などを主治医に照会するところもあります。
癌治療のためにそれまで勤めていた職場を退職し、治療後あらためて新しい仕事を探したい、という人もいることでしょう。しかし残念ながら、癌になる前と同じように転職先が見つかる…というわけではないのも事実です。
癌経験者が求職活動をする場合には、いくつかのポイントを押さえておく必要があります。
シフト制の中でも、比較的従業員の希望通りにシフトを組んでくれる職場であれば、通院日や体調に合わせて予定を調整することができます。
フレックスタイム制の職場は従業員が自分で労働時間の調整を行うことができるため、出勤・退社時間や休憩時間にも融通が利くのが特徴です。突然の体調不良にも対応しやすいため、癌経験者も無理せず働くことができます。
1つの業務を1人の従業員が専任している場合だとその人が休んでしまうと業務が滞ってしまいますが、複数の従業員がシェアしている場合なら1人が欠勤しても他のスタッフでカバーすることができます。突然の体調不良の際に比較的休みを取りやすい職場と言えるでしょう。
在宅勤務も可能な部署や仕事がある職場であれば、そういった部署・仕事を希望することで通勤の負担なく仕事ができます。さらにパソコンとネットさえあればできる完全な在宅ワークなら、自分で仕事の量も調整できるため、無理なく自分のスケジュールで仕事を続けることができますよ。
癌患者のように、難しい病気を抱えながら転職・再就職先を探す人のための支援機関へ相談してみるのも1つの方法です。
癌を含めた長期にわたる治療を必要とする人が、新しい職場を見つけ生きがいを持って生活できるようサポートすることを目的として、厚生労働省によって設立されたモデル事業です。
指定されたいくつかのハローワークにこの就職支援ナビゲーターが配置されており、相談者の治療状況や希望する職種、労働条件に応じた職場の紹介や相談、情報提供を行っています。また就職後、仕事を安定させ長く働くためのサポートも受けることができます。
民間の人材紹介会社の中にも、癌などの病気を抱えながら仕事をしたいと思っている人のための専用転職支援サービスを提供しているところがあります。ハローワークでは公開されていない求人案件や、その案件の職場環境などの情報も得ることができるうえ、相談者に対しては履歴書の書き方や面接の練習、職場見学などのサービスも行っています。