がん治療の経過には診断や病状の説明、それぞれの治療のスタートと区切り、再発や転移など、いくつもの節目があります。その都度、家族や友人、会社などにどう説明したらいいのかなど、誰にも相談できずに一人で抱え込んでしまうケースも珍しくありません。どうして自分がこんな目に遭うのかと、やり場のない怒りに打ちひしがれることもしばしばです。
このように、ほとんどのがん患者さんは心に大きな負担を抱えています。その多くは不安や落ち込みといった形で表出されます。がんという病気と直面している以上、それはむしろ自然な姿であって、すぐにメンタル面での治療が必要というわけではありません。しかし、日常生活に支障をきたすようであれば、家族としても何か対策を考えなければなりません。
ここでは、患者さんや家族の心の問題とケアの方法についてまとめています。
現在では医療の著しい進歩によって、がんの早期発見・早期診断が可能となっています。そして手術や抗がん剤治療、放射線治療の組み合わせによる治療成績の向上がみられる一方で、がん医療における精神的なケアも重視されるようになりました。
がんにかかると多くの人は診断や治療のプロセスにおいてさまざまなストレスを体験します。その中でも、検査と診断を経て告知を受けるときにもっとも大きな衝撃を受け、気持ちが動揺、混乱するといわれています。心が不安定になり、食欲低下や睡眠障害などの症状がみられる時期が1~2週間ほど続くケースが多いようです。その時期を乗り切ると少しずつ日常生活を取り戻していけるようになり、現実を見つめ、困難と向き合おうとする力が少しずつ湧いてくるといわれています。
とはいえ、すべての患者さんがそうではありません。不安や落ち込みなど不安定な気持ちが長く続くこともあります。そうした場合は早めに精神科医や精神腫瘍医、臨床心理士などに相談し、専門的なメンタルケアを受けながら心の負担と向き合っていくことが大切です。
強いストレスにさらされたあと、日常生活に支障をきたすほどの不安や抑うつ、イライラが募って落ち着かないなどの症状が出ているのであれば、適応障害を発症した可能性があります。
がん医療に関するさまざまな研究から、がん患者さんの概ね10~30%は適応障害を経験することが明らかになっています。
以下にあてはまる症状が多いほどストレスは高く、適応障害の可能性が高まります。
※参照元:もっと知ってほしいがんと生活のこと「適応障害」
https://www.cancernet.jp/seikatsu/mind/shift/adjustment/
うつ病と聞くと深刻な状態のように思われがちですが、現代のストレス社会においては誰しもがかかる可能性のある心の病気です。とくにがん患者さんは、自身の健康や仕事への影響、あるいは描いていた将来の計画が崩れ去ってしまうことをきっかけとして、強い抑うつ症状がみられるケースがあります。
抑うつ症状は、患者さん自身も家族も気づかないうちに進行していることがよくあります。複数の症状が2週間以上にわたって続くような場合は、早めに主治医や精神科や精神腫瘍科、心療内科などの専門家に相談しましょう。
※参照元:もっと知ってほしいがんと生活のこと「うつ病」
https://www.cancernet.jp/seikatsu/mind/shift/depression/
せん妄は脳や身体の不調、治療の副作用などによって生じる脳の機能障害のことです。時間や場所がわからない、ありもしないことを口走るなど、意識や認知機能が混乱してしまう状態で、がん患者さんの30~85%に起こるといわれています。いつもと違う行動を取ることがきっかけでせん妄に気づくこともありますが、高齢者の場合は認知症と混同されることも少なくありません。
最近はせん妄の研究が進み、原因が特定できれば治療で回復することも可能となっています。その原因によって、回復を目標とする治療か苦痛を和らげる治療かを選択しますが、いずれにしても異常な行動がみられた場合は主治医や専門家に相談しましょう。
※参照元:もっと知ってほしいがんと生活のこと「せん妄」
https://www.cancernet.jp/seikatsu/mind/shift/deliria/
家族の誰かががんの診断・告知を受けると、家族全体にある種の変化が訪れます。それは家族のメンタル面での問題だけではなく、患者さんの身の回りの世話という現実的な問題から、それぞれの家族の役割の変化、経済的な問題などさまざまでしょう。
そのような中で家族が心を悩ませるのは、患者さんにどう接したらいいのか戸惑うということです。また、患者さんが精一杯がんに向き合っているのに、家族である自分が弱音を吐くわけにはいかないと自身に言い聞かせ、それが精神的な負担になっているケースもしばしばです。特に後者の場合は共倒れになってしまう可能性もあるので、そのような状態は何としてでも避けなければなりません。
では、家族が取り組めるケアにはどのような形があるのでしょうか。
耳と目、そして心を傾け、真摯な姿勢で相手の話を聴くコミュニケーションの手法を「傾聴」といいます。
心身ともにつらい状態にある患者さんは、気持ちの浮き沈みにとらわれて毎日のように言うことが変わるものです。逆に何度も同じ話を繰り返すこともあるでしょうし、時には自暴自棄になってきつい言葉を投げつけることもあるでしょう。そんなときは話を聞く家族も非常につらい思いをしますが、以下のポイントを心がけながら向き合うことが患者さんの安心につながります。
複数あるポイントの中でもとくに大切なのが「同調」と「ねぎらい」です。
患者さんが家族に求めているのは精神的な支えと愛情に満ちた包容であって、助言やアドバイスではないことがほとんどです。患者さんの言っていることのつじつまが多少合わなかったとしても、極論とも受け取れることだったとしても、「そう思うこともあるよね」と共感を示してあげてください。家族側が仕事中心の生活を送ってきた人だとしたら、もしかすると話の白黒をはっきりさせたくなるかもしれませんが、そこは家族と向き合っているのだという意識に切り替えてください。
また、きちんと話を聞いているということを患者本人に態度で伝えることも重要です。ねぎらいの言葉をかけるにしても、しっかり目を見て話すのとそうではないのとでは、受け止められ方に大きな違いがあります。
患者さん自身が病気や死について話し始めたら、何が心配なのか、この先どうしていきたいと考えているのかを率直に話し合いましょう。そして、患者さんの意思を尊重するために家族ができることを考えます。
何より、患者さんが抱えている心配や不安を共有して一緒に考えることが、患者さんの安心感につながるはずです。
がんになったことをきっかけに特別扱いされるようになると、患者さんは家族の中での孤立感を募らせる場合があります。現在の身体の状態で何ができるか、何ができないかを主治医に確認したうえで、患者さんがやりたいことを一緒に相談してみてはいかがでしょうか。
もちろん家族のサポートが必要なこともあるでしょうが、基本的には今までどおりに接することが患者さんの生きがいにもつながります。
がん患者さんに向き合う家族自身のメンタルケアにも気をつける必要があります。とくに男性は人前で涙を流したり弱音を吐いたりしにくい部分があるので、家族ががんになったことのつらさ、悲しさを一人で抱え込みがちです。看病と仕事を両立させなければならないプレッシャーもあり、精神的なダメージに押しつぶされてしまうケースもあるでしょう。
まず大切なのは、孤独に陥らないことです。自分だけがつらい、誰も気持ちをわかってくれないという孤独感は、うつ病といった心の病気につながります。
孤独感を避けるためには、ストレスを認識することが大切です。家族が大切であればあるほど、毎日のようにがん患者さんのことを考え、看病を続けていると、ストレスを抱えていると自分でも認識できなくなってしまう場合があります。ストレスは蓄積されると外出や人との会話さえも億劫になり、悪循環に陥ってしまうリスクがあります。
ストレスを感じるのは良くないと目を背けるのではなく、一生懸命に患者本人と向き合っているからこそ苦しさやストレスを抱えてしまうのだと認めてしまいましょう。
そのうえで、がん患者を支える家族もリラックスできる方法を見つけられているのがベターです。