いちから分かる癌転移の治療方法ガイド

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癌治療の新たな光明?液体のり成分で放射線治療の効果が向上

身近な文房具である「液体のり」が、癌の治療に大きな進化をもたらすかも知れない…。2020年1月末、こんなニュースが世間を賑わせました。東京工業大学が「液体のりの主成分を使って、癌に対する放射線治療の効果を向上させることに成功した」と発表したからです。

このニュースで注目したいのは、液体のりそのものではなく、その主成分である「ポリビニルアルコール」という成分です。ポリビニルアルコールは放射線治療にどのような効果をもたらしてくれるのでしょうか。東京工業大学などの研究内容をもとに、詳しく解説します。

研究の背景と成果

研究対象となった「ホウ素中性子補足療法」とは

今回の実験で液体のり成分と組み合わせた治療法は、現在研究が進められている新しい放射線治療のひとつ「ホウ素中性子補足療法」です。

ホウ素中性子補足療法とは、癌細胞に集積させたホウ素に対して中性子を照射して核反応を起こさせることにより、体内から放射線を照射して癌を破壊する治療法のことをいいます。

ホウ素中性子補足療法では、腫瘍(癌)に対し、従来の放射線療法を大きく上回る高線量の放射線を与えることができます。さらに、正常な細胞に与える損傷も少ないため、癌細胞と正常な細胞が混在している場合にも治療を行うことが可能。これまで治療が困難だった癌に対する希望の光となることが期待され、2020年現在も実用に向けての臨床試験が進められています。

ホウ素中性子補足療法の課題点

ホウ素中性子補足療法は、大きな期待を寄せられている画期的な治療方法です。しかし、この治療法には「癌細胞にホウ素が留まっている時間が短い」という課題がありました。

これまでの方法では、薬剤を注射して数時間でホウ素化合物の量が減り始めていました。もしも何らかの方法でホウ素をもっと長く癌細胞に留まらせることができれば、治療の効果をさらに高めたり、治療できる部位を広げたりといった成果が得られる可能性があります。そこで白羽の矢が立ったのが、液体のりの主成分である「ポリビニルアルコール」です。

液体のり主成分の添加により、弱点を克服

ポリビニルアルコールは、人の身体に馴染みやすく、さまざまな医薬品にも使用されている成分です。

このポリビニルアルコールを、ホウ素中性子補足療法に用いられているホウ素化合物と結合させたところ、体内で細胞に取り込まれる際のプロセスが変わり、細胞内に留まっていられる時間が大幅に長くなることが分かりました。その結果として、これまでの3倍ものホウ素を癌細胞に取り込ませることができるようになったのです。

さらに、マウスによる実験では、癌細胞に対するホウ素の集積性も従来と同等かそれ以上であることが明らかになりました。

2024年12月、東京大学と京都大学の研究チームは、PVAとD-BPAを組み合わせた新たなBNCT薬剤「PVA-D-BPA」を開発し、マウスの皮下腫瘍モデルにおいて従来のL-BPAよりも高い抗腫瘍効果を示すことを報告しました。これにより、BNCTの適応拡大が期待されています。

PVAは多くのジオール基[用語10]を持っており、このジオール基はホウ酸やボロン酸と呼ばれる構造と水中でボロン酸エステル結合を形成することができる。野本助教と西山教授らはこの化学を利用してBPAをPVAに結合させたところ、PVAに結合したBPA(PVA-BPA)はLAT1介在型エンドサイトーシス[用語11]という経路で細胞に取り込まれるようになり、従来のBPAが細胞質に蓄積するのに対し、PVA-BPAはエンドソーム・リソソーム[用語12]に局在するようになった(図3(A))。その結果、がん細胞に取り込まれるホウ素量が約3倍に向上し、細胞内で高いホウ素濃度を長期的に維持することが可能となった。

出展:「スライムの化学」を利用した第5のがん治療法:東京工業大学
https://www.titech.ac.jp/news/2020/046060.html

この成果に対し、研究に携わった東京大学の野本貴大准教授は「PVAとD-BPAの組み合わせが、従来の薬剤では十分な効果を得られなかった難治がんに対しても有効である可能性がある」とコメントしています。

今後の展望

2023年12月、東京大学、ステラファーマ株式会社、三菱ケミカルグループは、PVA、ソルビトール、BPAからなる新規BNCT薬剤「PVA-sorbitol-BPA」の実用化に向けた共同研究契約を締結しました。本共同研究では、組成と製剤化方法の最適化を行い、非臨床試験を通じて安全性と治療効果の評価を進め、早期の実用化を目指しています。

ポリビニルアルコールは安価なうえ、ホウ素化合物との結合させるのも容易です。また、ホウ素化合物と結合させるにあたり、特別な設備なども要しません。

製造が簡単で価格も安いということは、大量生産のハードルも大幅に下がるということ。このように、大きな治療効果が期待されるうえ製造しやすい薬剤を発見したことは、癌診療の発展にとっての大きな一歩だと言えるでしょう。