B細胞はリンパ球の一種で、リンパ球全体の20~40%を占めています。身体の中に侵入した細菌やウイルスといった病原体を排除するために、樹状細胞の指令を受けて必要な抗体を産生するという重要な役割を持つ免疫細胞です。
ひとつのB細胞は1種類の抗体しか産生できませんが、V(D)J組換えや体細胞高頻度突然変異(SHM)などの機構により、約1億種類以上の抗体を生み出すことができます。これにより多様な病原体の侵入に備えることができ、その抗体に合致する病原体が現れると活性化し、抗体を大量に産生します。
具体的には、病原体が初めて身体に侵入すると、その病原体に対する特異的抗体を持つB細胞がヘルパーT細胞などの協力を受けて活性化され、抗体を産生します。こうして反応したB細胞の一部は記憶細胞として長期的に残り、同じ病原体が再度侵入した際には初回よりも迅速かつ強力な免疫応答が可能となります。これが予防接種に応用されているメカニズムです。
B細胞が抗体を産生して病原体=異物を攻撃するのは前述のとおりです。
抗体は病原体を中和または標識する攻撃手段として機能しますが、特に重要な特徴は、特異性をもって異物の中から特定の抗原構造を認識し、選択的に結合できる点です。つまり、抗体は癌細胞のみに特異的に発現する分子や、正常細胞よりも高発現している抗原などを識別して結合することができます。
この作用を利用することで、癌細胞に結合した抗体を目印に免疫細胞が集まり、癌細胞を攻撃します。また、抗体の結合そのものが癌細胞の増殖を抑制する場合もあります。
本来はB細胞が産生する抗体を人工的に合成し、薬剤として投与する「抗体療法」という治療法があります。抗体療法は2000年代初頭から研究開発が活発に進められており、2020年代に入ってからも進展が続いています。癌細胞が栄養を取り込むために形成する新生血管の成長を阻害する抗体も開発され、すでに実用化されています。
癌細胞の表面に発現する特定の分子に対しても、B細胞は抗体を産生します。ただし、体内で自然に産生される抗体量は治療に必要な量には及ばず、B細胞によって追加的に大量の抗体を産生させることは困難です。
1975年には、動物実験用マウスを用いて特定の抗原と結合する抗体を大量に産生する技術が確立されました。この技術で作製された抗体が「モノクローナル抗体」です。
このモノクローナル抗体を癌治療に応用するため、まず癌細胞の表面に発現する特定の抗原に対する抗体が開発されました。続いて、これらの抗体に放射性同位元素(アイソトープ)を標識し体内に投与した結果、抗体が癌細胞と特異的に結合している様子が観察されました。これはRI標識抗体を用いた診断技術としても発展しています。
しかし、マウス由来の抗体はヒト免疫系にとって異物であるため、免疫反応が生じ、新たな抗体がそれを攻撃してしまう副作用も問題となりました。そのため、マウス抗体の構造の大部分をヒト抗体に置き換えた「ヒト化抗体」が開発され、臨床治療に使用されるようになりました。
その後は治療効果の強化を目的として、抗がん剤や放射性同位元素を抗体に結合させる抗体薬物複合体(ADC)や放射免疫療法の開発が進められています。
2020年代現在、複数の抗体製剤が癌治療の現場で実用化されています。
代表的なものとして、進行乳癌に対して「HER2癌遺伝子」が産生するタンパク質を標的とする抗HER2抗体製剤(例:トラスツズマブ)があり、このタンパク質の発現を確認したうえで使用されます。さらに、高い治療効果を狙って抗がん剤との併用も行われます。
また、B細胞由来の悪性リンパ腫に対しては、B細胞表面に発現する「CD20」というタンパク質を標的とした抗体製剤(例:リツキシマブ)が使用されます。CD20は正常なB細胞にも発現しているため、治療によって正常なB細胞も影響を受け、新たな抗体を産生できなくなることがありますが、短期間であれば病原体の侵入にも感染抵抗性を保てると考えられています。
さらに、CD19やCD22など他のB細胞表面抗原に対する抗体療法、またはCAR-T細胞療法など、B細胞の特性を活用した新たな免疫療法が2020年代に入り次々と登場しており、今後も癌治療薬として新たな抗体製剤が増えていくことが期待されます。