卵巣は子宮の両脇にある親指大の臓器です。女性ホルモンの分泌を司っています。このページでは、卵巣がんの症状や治療法について詳しく解説します。
卵巣がんは進行しても自覚症状に乏しいため、発見が遅れることが多いがんです。自覚症状が分かりにくい要因のひとつに、卵巣自体の大きさが挙げられます。卵巣は親指ほどの小さな臓器であり、腫れても周囲の臓器をすぐに圧迫することが少ないため、症状として現れにくいのです。
卵巣がんの初期症状の一つに腹部の膨満感がありますが、その感覚は「お腹が張っている気がする」「お腹周りが少し太った気がする」といった軽微なものであることが多く、がんによる症状とは気づかれにくいのが実情です。しかし、こうしたわずかな違和感が卵巣がんの初期兆候である可能性もあるため、注意が必要です。
腹部の膨満感は、卵巣の腫大だけでなく、がんが腹膜に転移することで腹膜の機能が低下し、腹水がたまることでも引き起こされます。特に、あおむけで寝るのがつらいほどの腹部膨満感がある場合は、卵巣がんがかなり進行している可能性も考えられます。
卵巣がんの治療は、主に外科手術と薬物療法(抗がん剤治療)の組み合わせで行われます。日本では、特に初回治療として外科手術が重視されています。早期発見された場合には、腫瘍を完全に摘出することでがんによる死亡率を低下させることが期待できます。
外科手術では、開腹して両側の卵巣・子宮・卵管・大網(胃の下にある脂肪組織)を摘出するのが一般的です。がんの進行度や患者さんの状態に応じて、周囲リンパ節や腹膜の一部も切除することがあります。
がんの広がりが大きく、すべてのがん組織を取り除くことが難しい場合には、「腫瘍減量術(デバルキング手術)」が行われます。これは、できる限り多くのがん組織を除去して、後続の治療効果を高めることを目的としています。
また、将来の妊娠を希望する場合には、がんの進行度によっては片側の卵巣と卵管のみを摘出し、子宮と反対側の卵巣を温存する「妊孕性温存手術」が選択されることもあります。
外科手術後には、多くの場合、抗がん剤による補助化学療法(アジュバント化学療法)が行われます。標準的な治療は、プラチナ製剤(カルボプラチン)とタキサン製剤(パクリタキセル)を併用するレジメンです。この治療によって、体内に残存している可能性のある微小ながん細胞を排除し、再発リスクを低下させます。
がんが進行している場合や、手術前にがんを縮小させたい場合には、「術前化学療法(ネオアジュバント化学療法)」が選択されることもあります。術前に抗がん剤治療を行い、腫瘍の縮小後に手術を行うことで、手術の安全性や効果を高めることが目的です。
近年では、特定の遺伝子異常(BRCA1/2遺伝子変異やHRD:相同組換え修復欠損)を持つ患者に対して、PARP阻害薬(例:オラパリブ、ニラパリブ)による維持療法が行われることもあります。これにより、再発までの期間を大幅に延長できるケースが報告されています。
また、免疫チェックポイント阻害薬(ニボルマブなど)に関する臨床研究も進行中であり、今後の治療選択肢の拡大が期待されています。
卵巣に発生する腫瘍の約80〜85%は良性腫瘍ですが、悪性腫瘍である卵巣がんは進行しやすく、早期発見・早期治療が極めて重要です。少しでも気になる症状があれば、早めに医療機関を受診し、専門医に相談することが大切です。
卵巣がんは沈黙の臓器と呼ばれており、自覚のないまま進行することが特徴です。進行すると腹部の膨満感のほかに、お腹や骨盤に痛みが出ます。
お腹をさわるとしこりを感じるようなりますが、卵巣はとても小さな臓器であるため気づかれない場合も。骨盤が痛む原因としては、卵巣が骨盤内にあるため、圧迫されて痛みが生じるようです。
鈍い痛みがほとんどですが、まれに腫瘍がねじれを起こして急激な下腹部痛が起こる場合もあります。
がん細胞は血液やリンパ液を通じて体内を移動し、別の臓器や組織に定着して増殖することがあります。この現象を「転移」と呼びます。
卵巣がんが転移しやすい部位には、骨盤リンパ節、傍大動脈リンパ節、腹膜などがあり、これらは手術時に同時に摘出されることがあります。
ただし、明らかなリンパ節転移が認められない場合に系統的リンパ節郭清(リンパ節の広範な摘出)を行うことが生存期間の延長に結びつくかどうかについては、2019年に発表されたLION試験(New England Journal of Medicine掲載)において「延長しない」と結論づけられました。そのため、がんの進行状況や患者さんの状態に応じて、リンパ節郭清を省略する場合もあります。
卵巣がんは婦人科悪性腫瘍の中でも治療が困難で、もっとも予後不良ながんだと考えられています。その理由はがんの転移。その転移のメカニズムの解明に一歩近づくことが期待できる研究発表がありました。
摂南大学、東北大学、金沢医科大学の3大学からなる国際共同研究チームにより、スフィンゴ脂質の一種であるセラミドを生成する酵素に、卵巣がん細胞の運動性と転移能力を抑制する働きがあることが明らかになりました。
人間の生体を構成する分子である脂質「スフィンゴ脂質セラミド」の生成には「CerS2」という酵素が必要です。共同研究チームによると、転移性のがん細胞においてはそのCerS2の発現量が低下していること、そしてCerS2の発現を抑えると卵巣がん細胞の運動能力と転移能力が高まる、ということがわかったのです。つまり、CerS2にはがん細胞の転移を抑える作用があることになります。
セラミドを生成する酵素には、これまでに6種類のアイソフォーム(たんぱく質の一種)があることがわかっています。そのひとつがCerS2で、CerS2によって生成された脂質「C24:1-セラミド」が卵巣がん細胞の運動性を低下させることが新たに確認されました。
このC24:1-セラミドは細胞内の器官「小胞体」で生成され、細胞形質膜に移動します。通常はセラミドを分解する酵素「セラミダーゼ」によって代謝、分解されてしまうのですが、このセラミダーゼの働きを抑えると、当然C24:1-セラミドの量は増えます。すると、細胞が運動するために必要な葉状仮足(細胞から突き出した足のような部分)の形成が抑えられるのです。
このように、卵巣がん細胞の運動能力を低下させ、結果として転移を抑えることができるというメカニズムが、この発見の最大のポイントです。
※参照元(全文英語):Federation of American Societies for Experimental Biology (FASEB)/Ceramide synthase 2-C24:1-ceramide axis limits the metastatic potential of ovarian cancer cells
いかに医学が進歩したといっても、がんの再発や転移を予測したり抑制したりすることは極めて困難なのが現実です。しかし、今回の研究で明らかにされたCerS2による転移抑制メカニズムの発見によって、卵巣がんの新たな検査の指標や治療薬の開発が進む可能性があります。
また、こうしたがん転移のメカニズムを発見できたことは、卵巣がんだけではなく、さまざまながんに対する新たな治療法開発に大きく貢献できるかもしれません。