「せん妄」はあまり聞き慣れない言葉かもしれませんが、癌患者さんの多くに発生する症状です。
脳・身体の不調や治療の副作用として発生する意識障害・精神症状を「せん妄」といいます。時間や場所がわからなくなったり、おかしなことを口走ったりと、一見認知症の症状と似たように感じるかもしれませんが病気としては一線を画します。
家族やパートナーにとって、せん妄に陥った本人の姿を見るのはつらいものです。しかし、せん妄の症状を理解して対応を心得ていれば、きっと冷静に向き合えるはずです。
せん妄は意識障害の一種で、ぼんやりとした状態になったり、逆に落ち着きを失って動き回ったりします。意識がはっきりしないままに幻覚や妄想、興奮状態が起きるので、冒頭でお伝えしたように認知症のように思えるかもしれません。また、うつ病と混同されることもあります。
しかし、せん妄とは認知症やうつ病とは本質的に違います。認知症は時間の経過とともに症状が進行していきますが、せん妄は時間単位でも症状が変動し、ほとんどの場合は適切な治療によって回復がみられます。
せん妄の症状は大きく3つに分けられます。まず言動に落ち着きがなくなり不穏な状態となる過活動型、逆に活動が鈍くなる低活動型、そしてその両方の状態が頻繁に変化する活動水準混合型です。
その代表的な症状は以下のとおりです。
初期のせん妄は注意力が低下することでぼんやりします。また、眠れなかったり眠り過ぎたりといった睡眠障害も発生します。こういった症状は誰がみてもわかるようなものではなく、よくある状態ですのでせん妄だと判断することは簡単ではないでしょう。
家族やパートナーであれば、いつもと様子が違うことに気づくかもしれません。しかし、普段の本人の情報がなければ医療スタッフでもなかなかわからないと思われます。
せん妄は意識障害の一種なので、いわば脳の機能不全ともいえます。たとえばアルツハイマー型認知症を患う高齢者の場合は脳の器質的異常に加えて高齢という要因があると考えます。また、癌の脳転移などによって中枢神経系にダメージを受けることも脳の機能不全の要因です。感染症や低酸素状態、栄養障害や循環機能不全も同様です。
継続する強い痛みや便秘といった身体症状や、入院することによる生活環境変化もせん妄を強め、さらに回復しにくくするリスクとなります。
患者さんにおいては、手術後のせん妄や治療薬の副作用としてのせん妄がよくみられます。特に高齢者や大きた手術のあとには高い確率でせん妄が起こります。また、強い鎮痛薬や睡眠薬もせん妄のリスクを高めます。身体の電解質バランスが崩れたり、脱水によって水分バランスが崩れたりすることによってせん妄が起こることもあります。
再発癌や進行癌の場合はどうしても使用する薬剤の量が多くなってしまうため、せん妄を起こしやすくなるのです。
せん妄を起こした患者さんには、心理面でのサポートが重要になります。せん妄の記憶が残っている場合は、自分は精神を病んだのではないかと考えて不安になる人もいるかもしれません。
そんな場合には、せん妄はよくあることであって、治療の影響で起こる症状だと伝えてあげましょう。決して精神的な異常ではないことを理解してもらい、本人の不安を取り除くことが必要です。せん妄が起こっている最中は理解力・判断力が低下しているので、開腹してからも改めて説明します。
家族やパートナーにとっても、本人のせん妄状態はショックなことでしょう。どうしていいかわからず、ただただ様子を見守ることしかできないかもしれません。もしせん妄で異常な言動がみられる場合は、それを受け入れて本人に合わせたほうがいいと思われます。
たとえば、本人がそこにいない人をいるかのように話し始めたとします。それをいないと指摘すると、本人は反発して逆上するかもしれません。そういうときは本人が混乱しないように話を合わせるべきです。
せん妄に陥っている場合は記憶の整合性も失われていることが多いので、それまでの会話の内容とつじつまが合わないような受け答えをしてもそれほど問題はないでしょう。