NK細胞とはリンパ球の一種で、リンパ球全体の10~30%を占めています。身体の中を常にパトロールする性質を持ち、ウイルス感染など異常な細胞を発見すると直ちに攻撃します。外部からの指示を必要とするT細胞とは違って単独で攻撃を開始します。そして、学習プロセスを必要とせず、生まれながらに攻撃すべき標的を識別する能力をもつためナチュラルキラー(Natural Killer:生まれついての殺し屋)細胞と名付けられています。
NK細胞はターゲットとする細胞の細胞膜を破壊するグランザイムやパーフォリンという物質を分泌します。また、アポトーシス(細胞の自然死)を促す物質もつくり出してターゲットを死滅させます。
もし体内に侵入した異物に対する抵抗力が低下しているのであれば、それはNK細胞が活性を失っているのかもしれません。
NK細胞は身体の中をパトロールしていますが、癌細胞も見つけ次第攻撃します。
正常な細胞には表面に「MHCクラスⅠ」というタンパク質を持っています。しかし、ウイルスに感染したり異変をきたして癌細胞化したりすると、そのMHCクラスⅠは細胞の表面から消える場合があります。NK細胞はこのMHCクラスⅠがあるかどうかで攻撃の可否を判断しているのです。
わたしたち人間の体内では、健康な場合でも毎日数千個の癌細胞が発生しています。それでも実際に癌を発症しないのは、NK細胞がその排除に大きく関与しているからです。
NK細胞の数のピークは20歳前後で、徐々に減少していきます。癌の発症率は40代から急激に上昇しますが、これはNK細胞の減少や活性の低下に関係があると考えられています。
NK細胞はさかのぼること1975年、山形大学の仙道富士郎学長(当時)とピッツバーグ癌研究所のロナルド・ハーバマン教授の研究によって発見されました。初めて遭遇した標的癌細胞でも、いきなり攻撃するので自然免疫に属する殺し屋という意味で「ナチュラルキラー」と命名されました。
異物との接触によって誘導される獲得免疫を持つT細胞に比べて、単独で異物を攻撃する自然免疫のNK細胞は原始的だと考えられてきました。しかし、近年の研究によってNK細胞は高度で複雑な働きを持つことがわかっています。
妊婦の体の中で起こっている免疫作用で例えると、胎児はもともと母体にとって異物と判断される存在です。しかしNK細胞は、異物であっても胎児を攻撃しないような高度なシステムを持っているのです。
NK細胞が早い段階で癌細胞を攻撃して排除すること、そして加齢によってNK細胞の数も能力も低下してしまうのはお伝えしたとおりです。また、強いストレスもNK細胞の活性を妨げると考えられ、癌患者さんも血液中のNK細胞の数が減少していることがわかっています。
こうした考え方から、患者さん自身のNK細胞を体外で増殖させて活性化し、再び体内に戻すことで癌を攻撃しようとする治療法が「NK細胞療法」です。
異物の特徴をほかの免疫細胞に伝達する樹状細胞を使用したワクチンは、抗原を与えられた樹状細胞が免疫細胞に指示して癌細胞を攻撃させるというメカニズムです。逆にいえば、攻撃対象を示してやらなければ効果がないということでもあります。しかし、NK細胞は単独で攻撃対象を判断できるのが特徴。自律的に癌細胞を攻撃できるのです。
NK細胞療法だけでは治療に限界がありますが、樹状細胞ワクチンと併用することで、それぞれの特性の違いをカバーし合うことができるでしょう。癌細胞の勢いを止めることで延命も期待することができます。
また、NK細胞は身体中をくまなくパトロールするので、血流に乗って移動しようとする癌細胞も見つけて攻撃します。したがって癌の手術後の再発や転移の予防効果も期待できそうです。
NK細胞療法は、樹状細胞ワクチンと同じく未承認の治療法です。国内では承認に先駆けてNK細胞療法を実施している医療機関も存在しますが、化学的根拠が十分に確立されているとはいえず、承認には至っていません。
九州大学先端医療イノベーションセンターでは2014年から臨床試験を行なっています。NK細胞はT細胞などに比べて培養が難しいとされてきましたが、その技術を持つ企業とのパートナーシップが実現したことによって臨床試験に踏み切ったものです(ただし、2020年2月で同センターの癌免疫療法の取り扱いは終了しています)。
同じく九州大学発のバイオベンチャー・ガイアバイオメディシン社では、NK細胞を特殊条件下で培養することで癌細胞への攻撃力を強化し、点滴で投与するという新たな癌治療薬の研究開発に取り組んでいます。2020年秋の臨床試験開始を目指し、それが順調に進めば2022年度中に製品化が期待されているところです。
同社はNK細胞を研究する九州大学の米満吉和教授が2015年に創業。NK細胞をもとに、さらに癌細胞を減少させる効果を持つという「GAIA-102細胞」をつくり出しました。
ガイアバイオメディシン社の発表によると、人間の癌細胞を用いた実験では肺癌や乳癌をはじめとした34種類の癌に対して癌細胞を減少させる効果が確認されたようです。特に卵巣癌では、同じく免疫療法のひとつである「CAR-T細胞」の5倍程度の癌細胞減少効果があったとされています。
2020年秋に予定されている臨床試験は、動物実験を実施して安全性が確認されたうえで、肺癌などの治療薬としてスタートできるように準備が進められています。早期承認制度の利用も視野に入れた実用化に向けて、多くの期待が集まっているところです。