いちから分かる癌転移の治療方法ガイド

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遺伝子変異と免疫療法の関係

外科手術、化学療法、放射線療法に続く「第3のがん治療法」として、近年、免疫療法が注目されています。

免疫療法とは、患者自身の免疫系を強化することで、がん細胞を効果的に排除する治療法のこと。他の標準治療に比べて正常細胞への影響が少ない治療法なので、患者が経験する副作用の程度も低い傾向があります。

治療に際しては、患者ごとの遺伝子変異情報を取得し、個々に適切な治療法を確立。個別化医療だからこそ、小さい副作用で高い治療効果が期待できます。

遺伝子変異とは

基本概念

遺伝子変異とは、細胞のDNAに発生する変化のことを指します。

DNAとは、いわば細胞の設計図のこと。設計図に変化が生じれば、その変化に応じた細胞が形成されます。この一連の流れを遺伝子変異と言います。

遺伝子変異の原因は、環境要因や放射線、化学物質、自然発生など様々。多くの細胞は変異に対する修復機能を持ちますが、修復の失敗が繰り返されれば、変異した遺伝子が蓄積していくこととなります。

がんとの関係

正常な細胞が何らかの理由で異常増殖し、身体の重要組織へと侵入してその機能低下を導く病気を、がんと言います。

通常、がんはp53などの「がん抑制遺伝子」によりその発生を制御されていますが、がん抑制遺伝子自体に遺伝子変異が生じると、がんの抑制力が低下。正常細胞の異常増殖が始まり、がんへと進行します。併せ、RASなどの「がん促進遺伝子」に遺伝子変異が生じた場合も、細胞のがん化を加速させます。

遺伝子変異と免疫療法のメカニズム

ネオアンチゲンの形成

がんの免疫療法とは、がん細胞から形成される「ネオアンチゲン」を目印としてがん細胞を攻撃する治療法です。

ネオアンチゲンとは、遺伝子変異によりがん細胞が生まれた際に形成される一種のたんぱく質。がん化していない正常細胞には存在しないたんぱく質なので、これを目印にすることで、的確にがん細胞を攻撃することが可能になります。

攻撃するのは、もともと患者の体内に存在している免疫細胞。特にT細胞と呼ばれる免疫細胞は、ネオアンチゲンを的確に認識して攻撃します。

ただし、がん細胞には免疫細胞を回避する特性があるため、免疫細胞は十分にがん細胞を認識できないこともあります。この認識能力を高めるサポートをする治療法が免疫療法。特に免疫チェックポイント阻害剤は、T細胞によるがん細胞の認識を強力に支援することで知られています。

遺伝子変異が効果に与える影響

免疫療法とは、がん細胞から形成されるネオアンチゲンを目印とし、T細胞等の攻撃力を誘導する治療法です。その効果には高い期待が寄せられていますが、がん細胞の種類によっては、ネオアンチゲンの形成量が少なく効果が限定的となるがん種もある点を理解しておくべきでしょう。

ネオアンチゲンの形成量は、遺伝子変異負荷(TMB)の高さに概ね比例します。たとえば、TMBの高いメラノーマや肺がんはネオアンチゲンの形成量が多いため、免疫療法の効果は高め。逆に、TMBの低い膵臓がんや一部の乳がんなどは、ネオアンチゲンの形成量が少ないため、免疫療法の効果は限定的とされています。

免疫治療の効果の高さを予測するためには、TMBの正確な測定が重要となります。

遺伝子検査の役割

治療効果の予測

免疫療法の治療効果を予測するため、事前に遺伝子検査を実施。遺伝子検査の結果は、患者ごとに適した治療法の選択に役立てられることとなります。

遺伝子検査のデータにより、免疫療法の効果が高いと予測された場合には、積極的に免疫療法が検討されます。逆に、免疫療法の効果が限定的と予測された場合には、化学療法や放射線療法など、別の治療法が検討されることとなります。

バイオマーカーの活用

免疫療法の効果を予測する遺伝子検査では、バイオマーカーが非常に重要な役割を果たしています。

たとえば、上記でも触れたTMB(遺伝子変異負荷)の数値もバイオマーカーの一種ですが、この数値が高いほど免疫療法の効果も高いとされています。あるいは、PD-L1(免疫チェックポイント分子)の発現量もバイオマーカーの一種ですが、TMBと同様、その数値が高いほど免疫療法の効果が高いことで知られています。

免疫療法により期待できる効果を事前に予測するためには、各種バイオマーカーの活用が不可欠です。

遺伝子変異に基づく個別化医療

個々の患者に合わせた治療

患者ごとのがん細胞の遺伝子変異を解析すれば、その解析情報をもとにした個別化医療が実現します。

たとえば、解析した遺伝子変異情報により特定の免疫チェックポイント阻害剤の効果が期待されれば、その患者には優先的に当該治療が検討されるでしょう。

遺伝子プロファイルに基づいて患者ごとに個別でアプローチできることが、他の標準治療にはない免疫療法の大きな意義と言えます。

CAR-T療法との関連

近年、免疫療法に関連する技術の1つとして、CAR-T療法(キメラ抗原受容体T細胞療法)が注目されています。

CAR-T療法とは、患者自身から採取したT細胞に遺伝子組み換えでキメラ抗原受容体(CAR)を投入することで、T細胞によるがん細胞への攻撃力を増強させる技術のこと。CAR-T療法の登場により、一部の免疫療法の精度や効果が大幅に向上しています。

実装時に「遺伝子変異に基づく個別化医療」下へ下記を追記

現在進められている研究と未来の展望

現在進行中の研究

遺伝子変異をターゲットにした新しい免疫療法の開発が、がん治療の分野で大きな注目を集めています。特に、高い変異負荷を持つがん(例: メラノーマや肺がん)においては、遺伝子変異が形成するネオアンチゲンを標的とした治療法が研究されています。これらのネオアンチゲンはがん細胞特有の抗原であり、免疫系が攻撃しやすい特徴を持っています。

現在進行中の研究の中には、個々の患者の腫瘍プロファイルに基づき、最適なネオアンチゲンを特定して個別化ワクチンを作成するプロジェクトが含まれます。また、特定の遺伝子変異を持つがん患者に対して効果的な免疫チェックポイント阻害剤の開発も進行中です。これにより、免疫療法の適用範囲がさらに広がる可能性があります。

AIと機械学習の活用

人工知能(AI)と機械学習は、遺伝子変異に基づいた免疫療法の進展を加速するための強力なツールとして活用されています。AIを用いることで、大量の遺伝子データを迅速かつ正確に解析し、個々の患者に合わせた治療計画を策定することが可能です。

例えば、機械学習アルゴリズムは、患者の遺伝子プロファイルからがん特異的なネオアンチゲンを予測し、それらを標的とする治療法を提案することができます。また、AIは治療効果や副作用の予測にも利用されており、より安全で効果的な治療の実現に貢献しています。

未来への期待

これらの技術革新は、がん治療における個別化医療の可能性を大きく広げています。遺伝子変異を活用した免疫療法の進化は、患者ごとの最適な治療を実現し、生存率の向上と生活の質の改善につながると期待されています。さらに、これらの研究成果は、がんだけでなく他の疾患への応用も視野に入れて進められており、医療の未来に新たな希望をもたらすでしょう。

おわりに

患者個別の遺伝子プロファイルに基づき、免疫系の強化からがん細胞の排除を目指す免疫療法。一部のがんには高い治療効果を持つ一方で、従来の化学療法や放射線療法などの標準治療に比べると副作用の程度が低いなど、そのメリットは広く注目されています。

もちろん、免疫療法は、すべてのがんに対して万能な効果を発揮する治療法ではありません。しかしながら、免疫療法ががん治療における地平を大きく拡大したことは間違いないでしょう。

免疫療法の臨床データでは、すでに患者の生存率やQOLの向上などが示されています。今後、臨床や研究がさらに蓄積されることで、ますます免疫療法は重要ながん治療法の1つとして存在感を増していくことでしょう。