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がん悪液質

がん悪液質は、癌患者の脂肪や筋肉が著しく減少し、体重が減少していく進行性の病態であり、がん治療の効果や予後に大きな影響を与える重要な問題です。このページでは、がん悪液質の原因、症状、そしてコントロールするための治療のポイントを解説します。

がん悪液質とは?

体重減少、筋肉量減少、食欲不振を特徴とする症候群

がん悪液質は、「癌によって患者さんの筋肉量が進行性に減少し、それに伴い体重減少、食欲不振、全身倦怠感などの症状が現れ、通常の栄養補給では完全に改善しない多因子性の症候群」と定義されています。[注1] 単なる栄養不足による体重減少とは異なり、代謝異常が深く関与しています。

がん悪液質は、運動によるエネルギー消費だけでなく、安静時にも体内のタンパク質や脂肪が異化(分解)されるため、意図的なダイエットや絶食による体重減少とは明確に区別されます。

体重減少は患者さんの身体機能を低下させ、活動意欲や治療意欲の減退につながり、さらに食欲不振を悪化させるという悪循環を引き起こします。特に、筋肉量の減少は、歩行困難や転倒のリスクを高め、日常生活の質(QOL)を著しく低下させます。したがって、がん悪液質を早期に発見し、適切な管理を行うことは、がん治療の成功率を高め、患者さんのQOLを維持する上で極めて重要です。

進行がん患者の多くに認められる

がん悪液質は、進行した癌の患者さんの約50~80%に認められる一般的な病態です。[注2]癌の種類(特に消化器がん、肺がん、膵臓がんなど)や進行度によって、その発症頻度や重症度は異なります。

体重減少の程度も患者さんによって異なり、数ヶ月で体重の10~20%以上が減少するケースもあります。性差については、一般的に男性の癌患者さんの方が、がん悪液質がより重症化しやすい傾向があるとする報告もあります。[注3] 癌の治療を受けていない方でも、急な体重減少が見られた場合は、速やかに医師に相談し、原因を特定するための精密な検査を受けることが重要です。

ただし、すべてのがん患者さんが重度のがん悪液質を発症するわけではありません。また、体重減少がないからといって、癌が軽度であると自己判断することは危険です。

がん悪液質と飢餓状態との違い

癌に関連した体重減少の原因としては、がん悪液質の他に、癌による消化管の閉塞や吸収不良、癌治療(手術、化学療法、放射線療法など)の副作用による食欲不振なども考えられます。

例えば胃癌の治療として胃を手術で摘出した場合、普段の食事で食べられる量が減少する上、せっかく食べた食事も十分に消化吸収されず、体内へ栄養として取り込まれない場合があります。

例えば、胃がんの手術で胃を全摘出した場合、食事摂取量の減少や消化吸収能力の低下により、体重減少が起こりやすくなります。これは主に栄養摂取不足による飢餓状態に近いものです。

一方、がん悪液質では、十分な栄養を摂取していても体重減少や筋肉量の減少が進行します。また、飢餓状態では強い空腹感を感じることが多いのに対し、がん悪液質では食欲不振を伴い、空腹感を感じにくい場合があります。これは、がん細胞から分泌される物質や炎症性サイトカインなどが、代謝を異常に亢進させるために起こると考えられています。

がん悪液質と飢餓状態が併存する可能性

重要なのは、がん悪液質と癌治療に伴う栄養摂取不良による飢餓状態が、同時に存在している可能性があるということです。

したがって、空腹感があるからといって、体重減少の原因が単純な栄養不足だけとは限りません。特に、消化器系の癌の治療後、適切な食事療法を行っているにもかかわらず体重減少が続く場合は、がん悪液質の可能性を考慮し、主治医に相談することが重要です。

がん悪液質の原因

がん悪液質の主な原因は、癌細胞と宿主(患者さん)の間の相互作用によって引き起こされる全身性の代謝異常です。具体的には、以下の要因が複雑に関与していると考えられています。[注2][注4]

●タンパク質代謝異常: 筋肉タンパク質の合成が低下し、分解が亢進します。
●脂質代謝異常: 脂肪組織の分解が促進されます。
●炭水化物代謝異常: インスリン抵抗性が増大し、糖新生が亢進します。
●炎症性サイトカインの産生: 腫瘍細胞や宿主細胞から産生される腫瘍壊死因子(TNF-α)、インターロイキン-1(IL-1)、インターロイキン-6(IL-6)などの炎症性サイトカインが、これらの代謝異常を引き起こすと考えられています。
●グレリンなどの摂食調節ホルモンの異常: 食欲を増進させるホルモンであるグレリンの分泌低下や作用低下が、食欲不振に関与します。
●腫瘍由来の悪液質因子: まだ完全に特定されていませんが、腫瘍細胞から分泌される特定の物質が、悪液質を引き起こす可能性が研究されています。

このように、がん悪液質は癌の進行と密接に関連しており、癌治療によって腫瘍細胞を減少させることが、がん悪液質の改善につながる可能性があります。したがって、がん悪液質の治療と癌治療は、並行して積極的に行うことが重要です。

がん悪液質の主な症状

がん悪液質によって引き起こされる主な身体症状としては、以下の3つが重要視されています。また、心理面への影響も無視できません。

全身性炎症

全身性炎症は、がん悪液質の重要な特徴の一つです。

上述の炎症性サイトカインは、免疫細胞から分泌されるタンパク質で、免疫応答や炎症反応の調節に関与します。

がん悪液質では、これらの炎症性サイトカインや関連物質が過剰に産生され、体内の組織や細胞の破壊、炎症反応の亢進を引き起こします。全身性炎症は、倦怠感、発熱、食欲不振、貧血などの原因となり、筋力低下と相まって日常生活を困難にする可能性があります。[注3]

体重減少

意図しない体重減少は、がん悪液質の顕著な症状です。一般的に、以下のいずれかに該当する場合に、がん悪液質が疑われます。[注1]

●過去6ヶ月間で5%以上の体重減少
●BMI(体格指数)が20 kg/m²未満で、かつ過去6ヶ月間で2%以上の体重減少
●サルコペニア(筋肉量減少)があり、かつ2%以上の体重減少

ただし、体重減少の程度や速度は、癌の種類、進行度、患者さんの体質などによって大きく異なるため、体重減少のみで直ちにがん悪液質と診断されるわけではありません。

サルコペニア(筋肉量減少)

サルコペニアは、加齢に伴う筋肉量と筋力の低下を指す概念でしたが、現在では疾患の一つとして認識されています。がん悪液質においては、加齢による影響に加えて、炎症性サイトカインや代謝異常などが筋肉の分解を促進し、より急速かつ重度の筋肉量減少を引き起こします。サルコペニアは、歩行困難、転倒リスクの増加、呼吸機能の低下、易疲労感など、様々な問題を引き起こし、QOLを著しく損ないます。[注4] 癌の既往歴のある高齢者では、サルコペニアとがん悪液質による筋肉量減少の区別が難しい場合もあるため、不安があれば速やかに医師に相談することが重要です。

食欲不振

食欲不振は、がん悪液質において高頻度に見られ、体重減少の主要な原因となります。食欲は、グレリン(食欲促進ホルモン)やレプチン(食欲抑制ホルモン)などの内分泌ホルモンによって調節されていますが、がん悪液質では、炎症性サイトカインなどがこれらのホルモンの分泌や作用を阻害し、摂食中枢の機能を低下させると考えられています。グレリンは食欲促進だけでなく、筋肉タンパク質の合成促進作用も持つため、がん悪液質の改善において重要な役割を果たす可能性が研究されています。[注1]

がん悪液質の心理面への悪影響

体重減少や外見の変化による自信喪失や社会的な孤立、活動意欲の低下、家族や友人との関係性の悪化、慢性的な痛みや倦怠感による抑うつ症状などが考えられます。これらの心理的な苦痛は、治療への意欲を低下させ、QOLをさらに悪化させる可能性があります。そのため、がん悪液質の治療においては、心理的なサポートも不可欠です。

体重減少や見た目の変化による悪影響

体重が減少して見た目が変化したことで、人と会いたくないと考えたり、自信を失ったりといった状態も起こりやすくなります。

外出や行動への意欲低下

見た目の変化や運動機能の低下によって、そもそも歩いたり立ち上がったりすることさえおっくうになり、引きこもりがちになることもあるでしょう。また、癌の治療そのものへの意欲にも悪影響を与えます。

家族や友人との対立

癌の治療を応援してくれる家族や友人から、「もっと積極的にご飯を食べなさい」と言われることがストレスになることもあります。

また、患者の運動機能が低下することで要介護状態が悪化し、家族や介護者の負担が増大するかも知れません。

痛みや倦怠感による鬱症状

痛みや倦怠感が続くことでストレスが増加し、鬱症状へつながる恐れも無視できないでしょう。

がん悪液質の治療

がん悪液質に対する標準治療は確立されていませんが、集学的アプローチが重要です。 早期発見と早期介入が、状態の悪化を防ぐ上で重要とされています。治療は、薬物療法、栄養療法、運動療法、心理的ケアなどを患者さんの状態に合わせて総合的に行います。

薬物治療

がん悪液質の薬物療法としては、食欲増進作用のある薬剤や、炎症を抑制する薬剤などが研究されています。

●グレリン受容体作動薬: グレリンの食欲促進作用を利用した薬剤が臨床試験で効果を示しており、日本でもアナモレリンというグレリン受容体作動薬が、がん悪液質に伴う体重減少の改善を目的として承認されています。
●コルチコステロイド、プロゲスチン製剤: 海外では、食欲不振や倦怠感に対してコルチコステロイド、食欲不振や体重減少に対してプロゲスチン製剤が用いられることがありますが、これらの薬剤は、長期使用による副作用のリスクがあるため、日本においては慎重な使用が推奨されます。
●抗炎症薬: 炎症性サイトカインの産生を抑制する薬剤の開発も進められています。

非薬物的治療

●栄養療法: 高カロリー・高タンパク質の食事の摂取、消化吸収を助けるための食事内容や摂取方法の工夫、必要に応じて栄養補助食品や経腸栄養、静脈栄養などが検討されます。ただし、がん悪液質は代謝異常が原因であるため、単にカロリーやタンパク質の摂取量を増やすだけでは十分な効果が得られないことが多いです。
●運動療法: 適切な運動は、筋肉量の維持や増加、食欲の改善、全身状態の改善に役立つ可能性があります。ただし、患者さんの状態に合わせて、無理のない範囲で行うことが重要です。
●心理的ケア: 患者さんの不安や抑うつ症状を軽減し、治療への意欲を高めるために、カウンセリングや精神療法、患者会などのサポートが重要です。

癌治療によるがん悪液質の改善

がん悪液質の根本的な原因は癌そのものであると考えられているため、癌治療によって腫瘍細胞を減少させることができれば、がん悪液質の改善や緩和が期待できます。そのため、患者さん自身が治療への意欲を維持し、積極的に治療に取り組めるよう、患者さんの状態を十分に把握した上で、適切な治療計画を立てることが重要です。

参考サイト