いちから分かる癌転移の治療方法ガイド

いちから分かる癌転移の治療方法ガイド » 【特集】転移癌・末期癌患者の免疫療法 » 免疫療法の歴史

免疫療法の歴史

がんの標準治療は外科手術、化学療法、放射線治療の3種類ですが、近年、「第4の治療法」として注目されているのが免疫療法。患者自身の免疫系を活性化させ、自らの免疫細胞の働きによりがん細胞の消滅を目指す治療法です。従来の標準治療に比べて副作用の程度が低い傾向もあることから、現在、免疫療法は多くの医療機関で積極的に採用されています。

当記事では、免疫療法の歴史的背景を振り返りながら、その時々で見られた重要なマイルストーンをご紹介。免疫療法が現在の地位を確立していくまでの過程を詳しく解説します。

免疫療法の起源

19世紀後半の発見

19世紀後半、米国の外科医であったウイリアム・コーリー博士は、現在の免疫療法につながる重要な反応を発見しました。

博士は、細菌感染したがん患者において、その腫瘍が退縮・消滅する現象を発見。細菌感染によって活性化された免疫系が、がん細胞を有効に攻撃しているとの仮説を打ち立てました。

この仮説に基づき、博士は「コーリーの毒素」と呼ばれる細菌系ワクチンを開発。多くのがん患者にワクチンを投与し、がん細胞の退縮・消滅を導いたとされています。

免疫学の誕生

19世紀末、ロシア(現ウクライナ領)の微生物学者であったエリッヒ・メチニコフは、白血球の食作用を発見。白血球が、体内に侵入した病原菌や異物を貪食するプロセスを見出し、体内における免疫反応の重要性を唱えました。

この発見によりエリッヒ・メチニコフはノーベル生理学・医学賞を受賞。その研究成果は、現在行われているがん免疫療法の礎とされています。

初期の免疫療法の試み

20世紀初頭

20世紀初頭、免疫学の発展に伴いインターフェロンという物質が注目を集めるようになります。

インターフェロンとは、病原体が体内に侵入したりがん細胞が体内に発生した際などに、細胞から分泌されるたんぱく質の一種。病原体やがん細胞の増殖を抑制する作用があるとして、以後、がんを始め様々な治療への応用可能性が検討されることとなります。

がんワクチンの初期研究

1950年代、研究者たちはBCGワクチンの投与による膀胱がんの治療効果に注目。もともと結核予防を目的に開発されたワクチンでしたが、膀胱がん患者に対して同ワクチンを投与した結果、有効な免疫反応を見出すことに成功しました。

この免疫反応により、膀胱がんの再発予防効果における有意なデータを取得。以後、各種ワクチンががん治療に役立つ可能性がある点を示唆することとなりました。

近代的免疫療法の発展

免疫チェックポイント阻害剤の登場

がん細胞には、免疫細胞の攻撃を回避するための「免疫チェックポイント」と呼ばれるたんぱく質があります。この免疫チェックポイントの働きを阻害し、免疫細胞の働きを活性化させるための薬が、免疫チェックポイント阻害剤です。

免疫チェックポイント阻害剤の代表的な例が、CTLA-4阻害剤(イピリムマブ)。免疫チェックポイントをブロックし、T細胞の攻撃力を促進させる画期的な薬です。特にメラノーマ治療において顕著な効果をもたらします。

また、PD-1/PD-L1阻害剤(ニボルマブ、ペムブロリズマブ)も、免疫療法の歴史に画期的な成果をもたらした薬として知られています。メラノーマだけではなく、幅広いがん種に対する効果の可能性を示しました。

CAR-T細胞療法の革新

CAR-T細胞療法とは、患者自身から採取したT細胞の遺伝子を組み換えてキメラ抗原受容体(CAR)を組み込み、T細胞によるがんへの攻撃力を高める技術のこと。主に血液がん治療において顕著な効果が見られ、近年は固形がんへの応用も試みられています。

がんワクチンの進化

近年、患者ごとのがん細胞の特性に応じて個別で作られるワクチンも登場しています。その主なワクチンがmRNAワクチンです。

mRNAワクチンとは、患者の体内から抽出されたがん細胞をもとに、特有の変異(ネオアンチゲン)を特定して個別で作られるワクチンのこと。患者個別での高い効果に加え、副作用が小さいなどの利点もあります。

メラノーマに有効な治療法として知られていますが、最近は他のがん(肺がんや一部の乳がんなど)への応用も検討されています。

技術革新と新たな方向性

バイオテクノロジーの進化

バイオテクノロジーの進化に伴い、免疫治療の手法や考え方も急速に進化しています。

近年注目されている遺伝子編集技術(CRISPR)は、がん細胞に特異的な遺伝子変異を修正する手法のこと。免疫療法における個別化治療の精度を上げる技術として、現在もなお研究が進んでいます。

AIによる大量データの解析技術も、適切な免疫療法のパターンの選択、副作用の抑制など、免疫療法における様々な局面をサポートしています。

新しい治療の方向性

いかに免疫療法が進化したとは言え、相対的に他の標準治療の重要性が低下したわけではありません。最近では、標準治療と免疫療法との併用で、より高い治療効果を目指す医療機関も多く見られます。

特に、免疫療法の効果が限定的とされるタイプのがん種においては、仮に免疫療法を選択する場合でも、他の標準治療と併用されることが一般的です。免疫療法と標準治療の併用効果については、現在も研究が進んでいます。

免疫療法がもたらした成果と課題

成果

免疫療法の誕生と進化は、世界中のがん患者に対し、明るい未来の可能性を切り開きました。

特に大きな成果と考えられるものが、免疫チェックポイント阻害剤やCAR-T細胞療法の開発。一部のがんにおいては、劇的な改善効果をもたらしています。抗がん剤などの標準治療では効果が薄いとされたがんに対し、一定の効果をもたらしたことも免疫療法の大きな成果と言えるでしょう。

副作用の程度が低く抑えられる傾向もあることから、治療中の患者のQOL向上にもつながります。

課題

がん治療の領域において様々な成果をもたらした免疫療法ですが、一方で、現在もなおクリアできないいくつかの課題があることも事実です。

たとえば副作用。他の標準治療に比べ、免疫療法の副作用は低い傾向にありますが、一部には免疫関連の強い炎症反応を引き起こす患者もいます。「免疫療法に副作用はない」と考えることは早計でしょう。

また、2025年1月現在は、保険が適用されない免疫療法も少なくないことから、一部の患者においては経済的負担が大きくなることもあります。高額な治療費を理由に、治療を受けたくても受けられない患者もいるでしょう。

さらに、免疫療法は全てのがんに対して効果的なわけではない、という点も理解しておかなければなりません。特定のがん種や特定の患者に対しては、ほとんど治療効果が見られないこともあります。

免疫療法がもたらす未来への希望

いくつかのクリアしなければならない課題があることも事実ですが、たとえ課題があったとしても、免疫療法は私たち人類に未来への明るい希望を抱かせてくれることは間違いありません。

近年では、新しいバイオマーカ―の活用による次世代型の免疫療法も誕生。個別化免疫療法が進化してきたため、今後ますます免疫療法の精度向上が期待できるでしょう。

研究の余地が大きく残る免疫療法。現在のがん治療は外科手術、化学療法、放射線治療の3種類が標準とされていますが、近い将来、これら標準治療と並んで免疫療法もがん治療のスタンダードになる可能性が高いでしょう。

おわりに

19世紀におけるウイリアム・コーリー博士の発見を起源とし、現在は「第4のがん治療法」と評されるに至った免疫療法。比較的短い歴史の中で何度かの大きな発見を経て、近年は免疫チェックポイント阻害剤を中心に医療現場では欠かせない治療法の1つと認識されています。

今後は、遺伝子編集技術やAIの活用を通じ、個別化医療として飛躍的な精度向上が期待されるでしょう。信頼のある標準治療との併用も選択肢とすれば、今後、明るい未来が広がる患者も多く現れることでしょう。