いちから分かる癌転移の治療方法ガイド

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重粒子線

新しい放射線治療である「重粒子線」について紹介しています。特徴や従来の放射線治療(X線・ガンマ線)との違い、治療法などをまとめました。世界に先駆けて日本で開発・運用された治療機「HIMAC」についても解説しているので、参考にしてみてください。

重粒子線治療について

放射線治療法に使用される「重粒子線」。1994年に千葉県にある放射線医学総合研究所が臨床研究を開始し、世界で最初に実運用された日本生まれのがん治療技術です。

現在では、日本に5ヶ所以上の治療施設が存在します。(2019年3月現在 公益財団法人 医用原子力技術研究振興財団より)治療施設に登録している患者数も年々増加しており、1994年から2016年5月までに、日本国内で約15,000人以上の治療実績あり。

身体の外から照射してがん病巣にダメージを与えられるので、痛みや負担が少なく、高齢者のがん治療にも対応できます。高齢化社会が進む日本では、今後さらに注目を集める治療法だと言えるでしょう。

ただし、治療施設がまだ少なく、診察や検査以外の治療費は全額自己負担になります。そのため、一般的な治療法として周知される日は、まだ遠い未来と言ってもいいかもしれません。

重粒子線治療の特徴とX線・ガンマ線・陽子線との違い

重粒子線治療は、狙いを定めたがん病巣に、加速器で光速の約70%まで加速させた炭素イオンによってダメージを与える放射線療法です。

線量の集中性が高いため、がん細胞の殺傷性に優れ、従来の放射線治療や化学療法で思うような効果を得られなかった難治性のがんへの働きかけが期待されています。

X線・ガンマ線との違い

放射線は「粒子線(重粒子線・陽子線)」「光子線(X線・ガンマ線)」の2種類に分けられます。

X線やガンマ線は皮膚下の浅いところで放射線量が最大になり、深層に行くにつれ威力が減少。一方、重粒子線は身体の表面での放射線量が少なく、がん病巣で量が最大化する特性があります。

この特性は「ブラック・ピーク」と呼ばれ、X線やガンマ線では難しかった、身体の奥深くにある、またはがん細胞内の酸素濃度が低い場合でも効果を発揮できるのが特徴です。

陽子線との違い

重粒子線と陽子線の一番の違いは「重さ」です。陽子線に次いで重いのがヘリウムイオン線で、さらに上回るものを重粒子線と呼びます。

陽子線のがん細胞の殺傷効果がX線やガンマ線と同等なのに対し、重粒子線は2~3倍の殺傷効果があると言われています。

がん病巣に狙いを定めて照射できるため、1度の効果が大きく、少ない照射回数で治療期間を短縮可能。陽子線やX線・ガンマ線の約半分の照射回数ですむと言われています。

重粒子線治療の詳細

線量

従来の放射線治療の放射線量が身体の表面でエネルギーが最大化し、深層に行くにつれ減少するのに対し、重粒子線治療は身体の奥深くで線量が最大化。線量をがん病巣に集中して照射しやすい特性を活かし、治療が難しかった深部のがん治療に対する優位性を持っています。

照射範囲

重粒子線治療は線量を集中して照射できる特性を持っているため、がん細胞だけを狙って照射可能。照射のズレや周囲への拡散が少なく、高い殺傷効果を持っています。粒子線は加速器から与えられたエネルギーによって身体の中へ進む深さが決まるため、がん病巣周辺や後ろにある正常な神経組織や重要な臓器へのダメージを抑えられるのも特徴です。

照射方法

がん病巣の深さに合わせて加速器で加速した垂直・平行方向のビームのエネルギーを変え、身体の外から的確に照射。重粒子線の照射範囲を「コリメータ」と呼ばれる装置で調整し、病巣への到達距離は「補償フィルタ」を用いて計測します。

がん病巣の形や位置は患者によって変わるため、1人ひとりに合わせて製作。CTを用いる「スキャンニング法」であればがん病巣の位置を正確に把握できるため、コリメータや補償フィルタを用いずに照射可能です。

患部への集中性に優れている重粒子線治療は、早期の局部治療や重要な臓器・神経組織のがん治療に向いています。ただし、不規則に運動する胃や大腸などの袋・管状の臓器は狙いを定めにくいため、適していません。白血病をはじめとする広く転移したがんも重粒子線治療の対象外となります。

世界初!日本生まれの医療用の重粒子線治療機「HIMAC」

世界に先駆けて日本で開発された医療用の重粒子線がん治療機器が「HIMAC」です。「第一次対がん10カ年総合戦略」の1つとして建設され、1994年の治療開始から12,000人以上のがん治療実績あり。(一般社団法人 日本原子力産業協会 「HIMAC」25周年で記念講演より 2019年6月5日開催)

HIMACはさまざまな装置で構成されています。たとえば、シンクロトロンと呼ばれる主加速器では、放射線が腫瘍に届くまでに必要な約30cmに到達できるように重粒子のエネルギーを加速。その結果、どのような体格・腫瘍位置であっても照射治療できる可能性を高めます。そのほかにも、シンクロトロンの使用前に重粒子を加速させておく「RFQ」や「アルバレ」などの前段加速器なども搭載。

また、治療で使うイオン源を生成する「PIG型」「ECR型」のイオン源装置や加速器から取り出したビームを拡散して腫瘍患部全体に照射する「ワブラー電磁石」、照射範囲を患部の形に合わせる「多葉コリメータ」もHIMACを構成する重要な装置です。

新しいがん治療として注目を集めている重粒子線治療ですが、機器を導入するにはサッカー場サイズの土地と高額な建設費用を必要とします。HIMACの全長は120mとなっており、電車(1両20m)で換算すると6両分に相当。縦の長さも65mと、広大な面積を求められることが分かります。

群馬大学の重粒子線医学センターでは、面積をHIMACの3分の1以下に抑えた装置の開発に成功。2010年からは治療も開始されています。重粒子線治療の普及のためには、今後も装置の小型化や必要とするエネルギーの最適化が課題と言えるでしょう。